長崎べっ甲について

長崎べっ甲の歴史


鼈甲細工は玳瑁(たいまい)と呼ばれる海亀の甲羅から作られる細工物です。

その歴史は古く、判然とした論文が発表されている訳ではないが、中国の出土品の中から考察すると、 紀元前10世紀中頃(日本の弥生時代の始まり頃)からの400年の時代ではないかとされています。更に玳瑁は細工物や装飾用としてのみではなく、解熱剤や解毒剤として今で言う漢方薬の役割もしていました。


その玳瑁細工が日本に伝わったのが奈良時代。これは正倉院宝物の中に玳瑁細工を用いたものが数点保存されていて、その物が日本に渡来した最古の物ではないかとされています。 ただし、細工物が日本に入って来ていても、原料の玳瑁が日本近海で生息していないせいか、日本人の 細工が広まるのはかなり先の話。


16世紀末(まだ日本では関ヶ原の戦いなどがあった安土桃山時代)にはスペイン・ポルトガルに玳瑁の技法が伝えられ、カリブ海を中心に広まりました。

そしてその時期に日本に現存している最も古いべっ甲製品が、静岡県久能山東照宮(くのうざん)に収蔵されている、徳川家康公の遺品の「無関節式の鼻眼鏡の枠」。この眼鏡はマカオ周辺で中国人によって作られ、その当時マカオを居留地としていたポルトガル人によって献上されたのではないかといわれています。


一般的に鼈甲が流行するようになったのは、17世紀末から18世紀の始まりからで、その当時の髪飾りの価格が2両(現在の11万円ちょっとの価値)していて、大変高価な贅沢品でした。

なぜ16世紀末にすでに入ってきていた鼈甲細工が、17世紀末まで一般的ではなかったのかと言うと、1668年から1697年にかけて、幕府が物価急騰に備え倹約令を出し、贅沢品が輸入禁止になり鼈甲もその中に含まれたためだったのです。

鼈甲はその重量の軽さのわりに高価だったため、18世紀から19世紀初めにかけて密貿易や強奪などの犯罪が多かったのも特徴でした。


江戸時代の長崎の町に鼈甲細工をする店はあったが、それが何処に何件あったのかなどを明記した文献は何もありません。しかし1722年に長崎で大洪水があり、長崎奉行所から救援金を受けた人々の中に、鼈甲職人の名前が記してあった事から、この頃以前にはすでにあったということがわかりました。場所も中島川筋の旧酒屋町(魚の町)や西古川町の眼鏡橋を中心とした界隈に多く見られたようです。

但し、この頃は材料の玳瑁が輸入品であまりにも高価で贅沢品であったため、どの店でも店先販売はほとんど無く、注文に応じてのみ作られる事が多かったそうです。

しかしこの当時の鼈甲細工のほとんどが櫛やかんざしといった、着物に対応したものだったため、外国人(特にヨーロッパ人)相手の注文が増し、その人達が好むデザインのアクセサリーを作る必要に迫られました。

そのため、別にマニュアルが無い時代だったので、職人個人がヨーロッパ人の生活様式や装飾品を調査し、それに応じた創意工夫がなされていった結果、長崎の鼈甲製品に対する評価が国内はもとより、遠い外国にまで高く響き渡り、現在の長崎を代表する名産品としての基礎を築きあげました。


そして時は過ぎ平成28年12月に、伝統的工芸品産業の振興に関する法律に定める伝統的工芸品として、長崎県の「長崎べっ甲」を新たに指定されました。

鼈甲の名の由来


鼈甲細工と言うのは玳瑁(たいまい)と言う亀からできていますが、この鼈甲と言う漢字の「べつ」にあたる鼈の漢字は、俗に言う「すっぽん亀」や「みの亀」の事で、玳瑁とはまったく別種の海亀になります。
「すっぽん」を漢字変換すると「鼈」の漢字が出ます。

ではなぜこの「べつ」と言う漢字が玳瑁に使われるようになったのでしょうか。

日本では江戸時代に度々、奢侈禁止令(しゃしきんしれい)という、 贅沢(奢侈)を禁止して倹約を推奨・強制するための法令 が発布されていましたが、その中に鼈甲細工も含まれるのではと恐れた当時の商人は、玳瑁の甲羅で作った細工物を贅沢品には当てはまらない、すっぽんの甲羅で作った細工物として役人の目をごまかして販売したことがありました。

そのために玳瑁細工と言わず鼈甲細工と言い変えて販売するようになり、そのまま現在でも使われていると言われています。 

べっ甲細工の特徴


● 価  値

 色 : あめ色(黄色い部分) 赤トロ(赤みを帯びた部分) 黒甲
        (黒い部分)の順で価値が変わります。

          あめ色の場合は同じものでもなるべく厚みがあり、透
          き通った色が高価になります。


 厚み: べっ甲細工は他の細工物と違い、甲羅1枚で作った
              1枚物で作ったものが一番価値は無く、何枚も重ね
              合わせる事により価値が高くなります。 玳瑁の甲羅
              は厚みが薄いので、熱・水・圧力と玳瑁に含まれる
              ニカワ質を利用して接合します。その接合する工程
              を地作りと言い、べっ甲細工の基本でもあり、一番
              習得が難しく、一番気を使う工程です。地作りの出
              来次第で、その細工物の価値が決まると言っても過
              言ではありません。

● 種  類

    現在のべっ甲細工には、製造方法から大きく分けて2種類
    あります。それが本べっ甲と張べっ甲。本べっ甲はすべて
    玳瑁のみで作り上げたもので、張べっ甲は土台がラクトラ
    イド(動物性タンパク質)やアクリルなどの樹脂に、薄い
    甲羅を貼り付けたもの。昔の花嫁さんの日本髪を彩った物
    も、ほとんどが張べっ甲(この当時は水牛の角や馬爪に貼
    り付けたものが多い)からできています。

● 商品の特徴

    ほかのアクセサリーに比べて軽量なので、イヤリングやピ
    アスなら自然と落ちにくく、ネックレスや ペンダントなら
    首への負担もあまりなく、ブローチなら服地を痛めること
    が少なくひっくり返りにくいです。 

    自然素材なので、金属アレルギーなどの方にも安心してお
    使いいただけます。(*金具を使用することがあります)

    季節感がないので四季を問わず1年中、お使いいただける
    のも特徴です。

    また、べっ甲は破損しても修理して元に戻せます。(修理
    ができない場合もございます)
    べっ甲は動物性たんぱく質で人間の爪と同じ素材なので、
    熱を吸ったり皮脂汚れが吸着することが あり、表面の光沢
    がなくなる場合があるので、その際は磨き直しで元に戻せ
   ます。 

 べっ甲の原料の玳瑁とは

 玳瑁とは

キューバ、インドネシア、セーシェル諸島などで繁殖する海亀の一種。甲長は50~120cm程度。

平成2年にワシントン条約により輸入が禁止になる。

日本の近海には、ほとんど生息しておらず、おもに赤道挟んで北緯13度~南緯13度帯にいます。

甲羅は背甲が13枚、腹甲が29枚、爪甲が25枚から形成されています。

背甲とは左図の記号が付いている甲羅。

腹甲とは亀を裏返しにした時に見える背甲の裏側の甲羅。

爪甲とは 左図の色が付いていて、記号が付いていない部分の甲羅。

俗に、爪甲・腹甲・背甲の順に価値が高いといわれています。

        (但し、甲羅の色目や厚さにより変わる場合もあります)

またその産地によっても価値が変わります。価値が高い順に、

中南米のカリブ海産(赤い斑点があり加工しやすい。高級アクセサリーや眼鏡などに用いる)

主に東南アジアの太平洋産(黒い斑点が多く、一般的なアクセサリーや細工物に多く用いられる)

アフリカ側のインド洋産(甲羅が厚い割には硬いため扱いにくく、産出量も少ない)

 

甲羅の呼び名

C1:とんび甲

 

C2~C5:背甲

 

L1:鮒甲(ふなこう)

 

L2・L3:本甲(ほんこう)量甲(おもこう)

 

L4:袖甲(そでこう)

 

甲羅の形状

少しずつ重なり合うようにして、甲羅は形成されています。